学校教育についての思い出。思い。

「学校での勉強は学習効率が悪い。」

学校に行って勉強することについて、中学生くらいになると明確に学習効率の悪さを意識するようになりました。中間テストとか期末テストとか、そういったものが設定されて成績への意識が強くなったからだと思います。この鼻の病気さえなければ、絶対もっと勉強出来るのに!こういう思いを明確に持ち始めたのが中学生の時です。

それで、その当時に憂鬱感とか孤独感みたいなものが芽生え始めていたように思います。誰にも分かってもらえていない感覚を明確に持つようになってきたのです。仮に説明したとしても分かってもらえないだろうなということや、症状の改善が期待できないこと、説明すると結局、自分がしんどくなるだけってことも察知しているところがあったと思います。

一体、自分って何なんだろう。そんな思いを持ちながら、家で鏡に映った自分を見ながら、ボーッとしていた記憶があります。その時には逃げ道がなかったですね。逃げる選択の可能性すらも全く考えられなかった。今も中学校は義務教育なので、子供にとっては似たような状況なのかもしれませんが、その当時はオンライン塾とか、その他オンラインで学習するなんて選択肢もなかった。学校に行かなかったから終わり!みたいな印象。子供でしたが、そういう感覚がありましたね。学校行かなかったら終わり。学校がやっぱり特別な場所だったように思います。

今は、この点が全然違うと思います。ネット環境が整い、ネットを通じた教育環境も既に充実している印象があります。今と昔とでは医療のレベルや、ネットも含めた教育環境が全然違うので、最適な教育環境の選択という点で単純な比較は出来ませんが、今も昔も共通することは、慢性副鼻腔炎(蓄膿症)だけでなく、学校で勉強することが困難だったり、とてもツラい思いをしなければいけない病気を持っていたりそういう精神状態にあったりするのに、無理して学校で勉強しなければいけない状況にあるなら、それはやっぱりどこか間違っているように思います。無理して学校に行く必要はないんじゃないの?って思うのです。その代わり、テストを受けて義務教育レベルのテストをちゃんとクリアしてもらう。それでOKになるべきと思います。

大学に行くなら大検に向けた勉強も家でしたらいいですよね。高校生は義務教育じゃないので、昔から家で勉強して大検取得から大学に行った人はかなりいました。家庭での学習期間のどこかで手術を受けて、学校に参加出来るようになったら参加するようにしたらいいんじゃないかな?って思います。もちろん、長い間、ネットを通じてしか人に接したことがない状態だと問題が出る可能性がありますが、そのリスクがあっても慢性的に苦しい状態で勉強する必要なんかないはずです。

学校での勉強が苦しいのであれば、出来る限り家で勉強することを考えるべきと思います。だからといって、運動不足になってはいけないので、毎日の運動をおろそかにならないようにしないといけないですね。勉強の問題よりも、こういう何気ないことの方が結構大変だったりするかもしれません。ちゃんと運動を習慣にしないといけない。散歩したり、ランニングしたり、自転車に乗ったりして、鼻に空気を通し続けることは絶対に意識しておいた方が良いと思います。

副鼻腔炎(蓄膿症)の子供の効率的な勉強法

すでに別の記事でも書きましたが、慢性副鼻腔炎(蓄膿症)で物心ついた頃から鼻が詰まっていた私は算数は得意でしたが、言葉の発達が遅れていて日本語がうまく使えなかった。そんな私のようなタイプの子供であれば、耳と目から入ってくる勉強の方が効率的に学習が進むと思います。そうなると一人で学習するやり方は、効率が悪いことになります。先生が話をしながら、黒板に色々と書いていくような勉強を中心にして学習を進めることが良い結果につながるように思います。

でも、実際に学校に通うことになれば苦しくなる。そうであれば、映像を伴うオンライン学習がとても効果的と思います。絶対に音声が必要だし、色々な映像が飛び込んでくるし、こういう環境が昔あれば私もきっと価値観が変わり、高校なんか行かなかったでしょうね。常に不利な状態で勉強を続けている感覚。そういう感覚を持ちながら勉強を続けている人は結構いるのかもしれません。今、思い出しても無理をする意味は全く無かったと思います。だからといって、そこから外れる考え自体が当時は全く無かった。

本当に環境と教育って、スゴイなって思います。ここまで人の視野を狭めてしまうのかと。本当にそう思いますね。そんなに一流でもない進学校なのに、なんでそんなに無理やり通い続けていたのだろうと。そういう思いがあります。本当にバカだったとしか思えない。何やってたんだろって、本当に今はそう思っています。この正直な思いを書き残しておきたいと思います。

私の場合、学校に問題があったわけじゃない。自分に問題があって、その自分を見ていなかった。自分の見ている世界が狭すぎた。そういう感じで今は思っています。勉強なんて、サッサと集中してやれば3か月くらいで一気に伸びるはずです。高校の勉強を一つ一つ進めるよりも、一人で勉強することを前向きに捉えたら本当に一気に進められるはずです。学校の進捗に合わせる必要もない。そういう可能性すら全く見えていなかったと思います。自分の一歩で進むことが大切だったのに、そういうことが全く出来ていなかったと思います。

私の一歩は学校から離れることだったと思いますね。これを読んだ高校生や保護者の方が、どのような気持ちになるか分かりません。複雑な気持ちになるかもしれませんが、でも本当に苦しい毎日を過ごしているなら、自分にとっての勉強とか成長って、どんな選択が良いのだろうかと考えるきっかけになれば良いかなと思います。症状は人それぞれですし、今は手術も中学生くらいから出来るようなので、それほど心配するような状況にはないことが多いのかもしれません。

ですが、今でも心身面での問題を抱えている人はいるはずです。そしてその中でも何かに捉われて無理やり学校生活を続けている人もいるはずです。それって、どうなん?ってところです。本当に自分にとって最適な成長の仕方になっているの?ってところを考えるきっかけにしてもらえらばいいかなぁと思います。人それぞれ、症状も違うし判断も違うはずです。でも、考えることすらなかった私のような人は減った方が良いのかなと思っています。なぜなら、勉強をするにしても、今は環境が良くなって色々な道が考えられますからね。無理してるなら、その必要はないってことです。特に私なんて高校は私立でしたからね。お金だってかかっていたわけです。無理を続けている上にお金まで突っ込んでいたわけで、これを今振り返ると本当に何をしてたんだという感じになるんです。